皆さんの周りの体験談バックナンバー
大学を卒業して、金融機関に務めた。同級生との結婚も間近に控えて、花ある青春に、まさかのリストラにあってしまった。
青天の霹靂でした。
人や組織に対して、すっかり疑い深くなってしまった。思うに、自分は人にいい様に使われて、使い捨てに遭うことが多かった。
人間不信の中で、こんな自分を改善しなければと思った。まだ若いからよろよろと立ち上がれた。
人に騙されない人間になりたいと思った。
リストラされた事で自分を見つめなおした。
金融機関よりも、自分を生かす仕事があるはずだと思った。
窮屈で堅い組織は自分に向かない。資格取得し、自営業で身を起こそう。勉強するための時間確保の為、人材派遣の会社を選んだ。
仕事はIBMのお役所向け、「 入札 」どこまで値下げできるかを手伝う。営業補助事務の仕事で、これは金融機関でやってたことが生きた。
そして、2年前には税理士の勉強を始め、次には、社会保険労務士、中小企業診断士の資格取得の勉強を始めた。
ナポレオンプログラムを採用したのは、’01年7月であった。自分を変えたいこと、それから、資格取得のために、モチベーションの一助となればと思ったからである。
私は、以前と比べて変わったと感じている。
くよくよしなくなった。性格面では、明るい感じになった。以前に比べて自信が湧いてきた。
仕事面では、「 面白い 」と思える部分が増えた。周りが良く見えるようになった。注意力アップである。
学業では、確かに頭の回転が速くなった。
1日1回、4倍速から3倍速で2回速聴を聴いている。所要時間は1日あたり30分~40分である。夜、寝る前や、通勤の電車の中で時間を惜しんで使っている。
法律条文も、CDからMDに落としたり、カセットなどにしたりして、何回も聴いたし、試験問題の記憶に速聴機は最高である。記憶力アップである。
今では、本来の自分を取り戻したと思える。
そうは言っても、結婚直前にリストラを受けた傷はまだどこかに残っているように思えるが、
ナポレオンヒルプログラムはそのことを忘れさせるほどの力で、私を勇気付けてくれたのである。
その後、結婚した妻は、リストラされても、離れることなく、最高のマスターマインドとなった。
私の心に平安が宿り始めた。疑い深い性格が改善された。この世には、良い人がいっぱいいると信じられ、私は、自信を持って歩き始めた。
今回はMさんにお話を伺いました。自分を変えていきたい、会社の業績を上げていきたいと思って、プログラムを採用されました。
その後、どんな成果がでたか、Mさん曰く。実感した成果として、以前は、自分が考えて行動している事が間違っていないけど、本当に自分自身でどうなのか分からないまま行動していました。しかし、現在は、はっきりと判断で行動できるようになり、経営者としての仕事に対しての不安がなくなりました。以前よりも、自分以外の人(お客さん,従業員,家族)に対してはいろんなことを教えるとか、やってあげる事が多くなり、会社でも家庭でも、決断がすぐにできていろいろなアイデアが浮かんですぐに行動できるようになりました。それにより会社での作業的な仕事が以前より速くできるようになりました。営業をする時に積極的になり、お客さんにいろいろなアドバイスが出来て会社で扱っているいろんな商品の販売ができ、後日もお客さんの方から逆に電話連絡などでの注文なども多くなりました。人と話をする時に、言葉が次から次に出てくるような気がします。そしてよく話をするようになりました。その結果、小さな事に悩まなくなり、以前よりか少しは寛大になったような気がします。会社で、社員の行動を見たり、社員と話したりすると、考え方とか思っていることが分かるようになりました。自分の持っているいろんな感覚が鋭くなりました。
例えば食事をする時も素材一つの味がわかっておいしく食べられるようになりました。以前から、社員には日報を書かしていましたが、日報の一部に今日の目標(今日、仕事でやること)を取り入れ、朝、会社に出社したら、まず今日の目標を考え記入して次の仕事をしています。社員も積極的に仕事に取組むようになりました。
今回はTさんにお話を伺いました。Tさんは27歳で、酒屋でアルバイトをしながら司法書士を目指していました。プログラムに興味をもったきっかけは、何と失恋だったそうです。大学時代から交際していた彼女から、自分勝手で悲観的な性格を指摘されたことに大きなショックを受けました。
彼女は去ってしまいましたが、これを機会に自分の性格を変えたいと痛切に思うようになり、成長した自分を彼女に見せてやりたいという気持ちから採用されました。
プログラムに取り組んで5ヵ月。集中力と速読力が飛躍的に高まったそうです。
以前のTさんなら、読書を始めて数分で気が散ってしまっていたところ、今ではそのようなこともなく、読書量もかなり増えてきました。大学で法律を学んでいたことから司法書士を将来の職業にしようと思ったTさんでしたが、現在は福祉の分野にも関心をもつようになったそうです。
赤十字のボランティアに積極的に参加して、人から感謝されることに喜びを感じるようになったTさん。
自分でも考えられないほど視野が広がり、関心をもつ分野も増えてきました。
自分を冷静に見つめられるようになったことも含めて、これらすべてはプログラムの成果だと言って、自分に対する素晴らしい投資になりました大満足ですと嬉しそうにお話いただきました。
今回はAさんにお話をお伺いいたしました。
私は東京で生まれました。父は、弱視で、指圧師です。そして母は、3年前他界した。私は、○○大学理工学部を卒業、専攻は航空機、ロケットのエンジンの勉強をした。
大学4年の間に、自分は何がしたいか、目標を見つけることが出来なかった。
ヘリコプターの設計会社へ人材派遣会社から回されて、自衛隊で使うヘリコプター専門の設計に携わった。
大学では基礎だけ勉強していたので、「有限要素法」など、難しかった。風が吹くと、建物がゆれる。
各部分にどの位の力が加わるかの方程式である。①コンピューターに入れるまでの計算を先にして、②コンピューターに入れて、③再計算。
日本はヘリコプターでは遅れている。今までは輸入していたのです。メイン会社の他に何百社も集まって、日本で作ろうというのだ。私は派遣され設計を担当していた。設計図をもとに各々の会社が部品を作り、それをまとめて組み立てる。0,001ミリ狂ったら、ヘリは飛ばないのです。
例えば、10cmは限りなく10cmであらねばならない。誤差が激しかった。
この時期、タバコ、コーヒー、ものすごく増えました。(凄いストレスです)朝8時から夜9時まで座りっぱなしだった。
私はストレスが溜まっていました。極度に神経質になっていた。飛ぶ寸前、落ちたら怖いから、会社を辞めた。減量したいから努力したわけではなく、私は3ヶ月で15キロ体重が減った。パセド病だった。薬がなかったのです。猛烈に汗をかいた。何もしなくても、汗をかいた。カロリーを消耗した。5食、食べても痩せた。今も、この病を引きずっている。じっとしていても手足が震えるのである。
食うために、仕事がいる。
今度は、自営業に憧れ、友人の話に乗った。儲けて、実業家になれると思ったら、甘くなかった。
またたく間に300万円の借金を作った。収入が途絶え、ご飯に塩ふりかけて食べることも珍しくなかった。しかし、米など、友人が差し入れてくれたりして、生きてこれた。山のように出来た借金を前に、自分には新たな発見があった。以外に、〔自分は、楽観的であること〕何とかなるさ・・・の気持が私を支えてくれたと思う。
タクシー運転手になって粗肴をつなぐ。この間、怖い目に、しばしばあった。酔っ払いや、いろいろだ。タクシー強盗もあったが、命はあった。
つくづくと自分のまいた種のための苦難だ。泣いたって、誰も助けてくれやしない。
失敗の数・・・立ち直ることが出来るのか・・・この失敗の中で、一つの教訓は「焦るな」ろくな事はない。
一攫千金など、この世にはないのであった。 人の口車に乗って、大借金を抱えたのだ。
しかし、弱い心が、そうさせたのだから、己に「 ガツンと 」挙固をお見舞いするしかない。
この間に、母がくも膜下出血で死んでしまった。親不孝をしてしまった・・・。先物取引などもして大損した。
私はハローワークのドアをノックした。人生をやり直さねばならぬ。
そして、今の会社に入った。
創業25年、福祉の車、車椅子などを売る。固定給23万。1台売る毎に1万円の歩合が付く。
私は営業成績びりが年続いた。
それでも給料をくれた。みんな黙って、私を見守ってくれた。社長は営業が得意で、一番の成績である。よくも黙って私を見守ってくれたものだ。恩を感じた。
「こんなことで、自分の人生は、どうなるのか・・・」
営業をサボって本屋の中をさ迷った。天は私に、長い手を差し伸べたようだ。私は、ナポレオン・ヒル成功哲学と、速聴を生まれてはじめて知ったのである。
今からスタート0か、マイナスからの出発である。苦しい生活の中で、自己投資を決断をした。
3倍速聴で聴いた。
飛び込みが、怖くて、怖くて、苦手だったのが、楽しくなった。営業成績が上がらなかったのは、何故かについて、閃くものがあった。トークを換えた。
そうだ、速聴を聴くと、聞き上手の能力が高まる。注意力が高まる。私は速聴に慣れるに従って、態度が変わった。無我夢中で、覚えたトークを噴射させていただけだった。私は、相手の言うことに耳を傾けた。質問した。お客様のニーズは、その中に、「 買わしてください 」の声をあげていたのである。
話は、契約の締結へと導いた。そして、「良いお話を聞かせてくれて有難う」と、お礼を云われた。
え? お話してくださったのはそちら様なのである。
成功の法則に気づいた。私の営業成績は、上がっていった。遂に、ビリから、トップへと、這い上がったのである。
営業のエの字も知らず、車のことも、車庫証明の取り方も知らない人間が、周りの温かい目、優しい心のお陰で、脱皮し、立ち上がったのである。
私の足に、重い鎖(借金、病気)が解き放たれる日を、夢見つつ、日々挑戦が続く。「出来るのだ」と思う。
苦労は、自分で買ったが、決してマイナスにならないことも知った。十年も年を取ったように、様々なことを悟った。私の移動する車の中で、ナポレオン・ヒルのレッスンが「勇気」を与え続けている。
今回はSさんにお話をお伺いいたしました。
一生懸命働きました。朝は、8時から夜は9時まで・・・。
子供は、小学校5年生の長女と小学校3年生の長男、そしておじいちゃんとおばあちゃんもいます。
稼ぎ手は、私だけになりました。
平凡な主婦の私に、一大転機がおとずれたのは夫の転落事故でした。
夫は、首を脱臼し首から下が麻痺してしまいました。一年間の入院のため、私は勤めを辞めました。一命はとりとめましたが、杖をついて歩くことは出来るようにはなりましたが、しかし、残念ながらもう働くことは出来なくなりました。
一町歩ばかりの田畑をおじいちゃんとおばあちゃんが耕し、何とか食べるだけは作れました。
「 現金収入は、ドンと私にまかせて!あとは頼んだよ!」
私は、平成9年の4月に外資系の生命保険会社に入社しましたが、営業職は初めてでした。
あれから、もう5年以上が過ぎました。
私は生活のため必死だったのです。
上司から教えられたとおりのことを行動し、そして仕事のかたわら、資格取得に励み、「認定生命保険士」「ファイナンシャル・プランナー」の資格を取ることが、出来ました。大きな自信を得て、そして専門職としての意識も高まり、人脈も広がりました。
あるセミナーで、ナポレオン・ヒル プログラムの存在を知りました。
「私はダイヤモンドの原石だ。ダイヤモンドの輝きを自らの中から、引き出そう!」と活用することを決めました。
その後、ナポレオン・ヒル プログラムは、私のために存在するとさえ思いました。
もっと早く知っておれば、もっと、もっと良かったのにと思いました。
私が、考え、行動したことが、成功法則に則っていたことも確認出来ました。
効果は、絶大でした。
成果、その1.・・・プラス思考になった。すべての物事は、自分が選択しているのだと気づき、周りで起きるトラブルが気にならなくなった。
成果、その2.・・・集中力がアップした。
成果、その3.・・・ギブ アンド ギブ を心がけるようになった。
収入面
一年目→年収140万円 二年目→年収300万円 三年目→年収700万円 四年目→ 年収1,000万円
仕事に熱意を込めれば込めるほど収入はアップし、気づいたら1000万プレーヤーになったいた。2001年4社内コンベンション入賞で、フランスに行って来ました。
2001年「ラスベガス」行きが決定しました。
2001年全国ランキング7,000人中26位になることが出来ました。
2002年に二人の子供をラスベガスへ連れて行きました。
子供は中学生になりました。
私の頑張っている姿をみながら、良い子に育ってくれました。おじいちゃんやおばあちゃんが協力してくれたお陰です。
家中、家族が私の仕事を認め、応援してくれてます。私が、こんなに強い女とは思わなかったらしいです。尊敬される親であり続けると、強く心に念じて働いています。
通勤途中の車の中では、いつもプログラムが流れています。私は、「成功の黄金律」「成功の定義」に従って、お客様のお役に立ちたいと願って、いつも行動してます。
人々のために、社会のために、貢献出来る素晴らしい仕事だと気づいたことは、幸いでした。私は、「世界6%の会」保険外交の最高位の人間に挑戦しようとしてます。
平凡な主婦から世界へ雄飛しようなんて、またそれが可能な範囲の資格、実績保持者へと変身したことは、自分さえも思いもよらぬことでしたが、「やればできる!」「夢は必ず実現する!」熱意、信念、行動が、それを具現化することを私は体験しました。
子供達も、その秘訣を知り、今後の人生に大いなる力を得ることだろうと思います。
周りの方々に心から感謝をして、私は外へ飛び出します。不可能はない! やれば出来る!
今回は、仕事として、9年間ネットワークビジネスをやられていて、代理店を9店舗もたれているBさんにお話を伺いました。
ナポレオン・ヒル・プログラムを採用された動機は、1年後に代理店を20~30店舗にしたい。そのために、対人能力や人材育成を強化して、効率的・効果的・楽しく結果を出していきたいというものでした。
特にヒューマンビジネスですから、テクニックと、それ以上に自分自身が魅力的な人間になろう!と感じられていたのですが、自信の無さから仲間に対して、厳しい事や適切なアドバイスがなかなか言えなかったり、うまく表現出来ないのが、1年前、Bさん自身の最大の課題だったそうです。
そして現在は?というと…
目標の20店舗設けて、さらに走り続けているそうです。
「 何が良かったか? 」とお聞きすると、Bさんは、「自分がすごく変わった!」とのことです。
物事の見方・捉え方がポジティブで柔軟になってきて、自分のやる気や信念・気づき・アイディア等が、非常で豊かになってきたそうです。
例えば、自分にとって好ましくない状況に立たされたときでも、「これは自分にとって必要な経験で、ここから何を学び・生み出していけるのか?」と考えられるようです。
これからの目標は、仲間の人達が、安心して楽しく仕事の出来る環境を作っていきたいとのことでした。



